亀岡みらいパース

~みんなで作ろう 亀岡の未来図~

過去ログ

亀岡ツバメ調査2016 調査協力のお願い

2015年に引き続き、今年も亀岡市内のツバメの巣の分布を調べます。
確認日、ツバメの巣を見つけた場所、ツバメの種類、(わかれば)ヒナの数もお知らせください。

今年は特定非営利活動法人プロジェクト保津川さんと一緒に調査を行います。
みなさまどうぞよろしくお願いします。

ツバメ調査2016 調査案内
ツバメ調査2016 調査票

ちなみに昨年、亀岡市で確認されたツバメは3種類でした。
 ①ツバメ(巣の形はお椀型で、民家の軒先に作ることが多いです。昨年、普通の家で確認された巣は全てツバメでした。)
 ②コシアカツバメ(巣の形はとっくり型で、大きな建物に作ることが多いです。昨年は総合庁舎や学校などで見つかりました。)
 ③イワツバメ(巣は天井にくっつくように作り、内陸では橋の下に作ることが多いです。昨年は橋の下で見つかりました。)

一つの巣から巣立つヒナの数は、都市化が進むほど減少することが、(公財)日本野鳥の会の調査で報告されています。
昨年の亀岡ツバメ調査2015で巣立ったヒナの数がわかっている巣はわずか21巣ですので、データ数として十分とはいえませんが、これらのデータから一つの巣あたりの巣立ちヒナ数を計算すると、4.38羽という結果がわかりました。
今年は巣立ちヒナのデータを増やし、亀岡の自然がツバメのヒナたちをどれくらい養えるのかも調べてみたいと考えています。

(公財)日本野鳥の会の「ツバメの子育て状況調査」の概要
2013年の調査では、巣立ちヒナ数と都市化との関係を分析し、都市では巣立ちヒナが少ないことを報告しています。村落での巣立ちヒナ数が4.28羽に対し、都市では3.87羽という差がみられます(巣の周辺1km四方中の建物用地の割合が20%未満を村落、80%以上を都市と定義しています) 。また同調査では、巣立ちヒナ数は、首都圏での郊外では4.4羽、近郊で3.9羽、都心で3.5羽という結果も報告されています。
出展:https://www.wbsj.org/nature/research/tsubame/result2013_tsubame.html


亀岡ツバメ調査2015 結果新聞掲載

亀岡ツバメ調査2015 結果報告を京都新聞に掲載していただきました。

2016年4月8日朝刊
ツバメは新興住宅より城下町好む? 京都・亀岡で営巣調査 印刷用画面を開く



2015年9月7日朝刊
亀岡みらいパースのメンバーが「口丹随想」を担当させていただきました。

「ツバメから見える亀岡の未来図」

 今年生まれと思われるツバメたちが、あちこちで集まっている姿を少し前まで見かけましたが、涼しい日が増えるにつれ、その姿を見かけることが減ってきました。今は南への旅立ちに備え、エネルギーを蓄えていることでしょう。

 亀岡市内で巣を作っているツバメの数が多いと感じた昨年の春、過去の調査について調べてみたのですが、亀岡市全域を対象とした巣の分布調査は見つかりませんでした。普通に見られる種のデータでも蓄積されれば、環境を知る上で重要な資料になります。また将来、同様の調査を実施した時には、過去の状況を知るためのデータとして活用することもできます。

 そこで亀岡みらいパースでは、今年の6月から亀岡ツバメ調査を実施することにしました。おかげさまで8月末の時点で約300件の情報をお寄せいただき、調査を無事終了することができました。ご協力ありがとうございました。

 調査には幼児から高齢の方までがご参加くださいました。ご自宅に作られている巣の状況をお知らせくださる方、日課のウォーキングをしながら巣の状況を観察してくださる方、通学や通勤の中で見つけた巣をお知らせくださる方などから多くの報告が寄せられました。また地域の野鳥の観察を続けてこられた方々からはさまざまなご協力やご助言をいただきました。

 今後、集まったデータを整理し、集落あたりの巣の数の比較などの解析を進めていく予定です。なお来年度はツバメが渡ってくる4月頃から調査を始めることで精度を高めながら、ねぐらについても把握していきたいと考えています。

 亀岡みらいパースでは、「みんなで作ろう!亀岡の未来図」を合言葉に、多くの人と対話しながら亀岡の魅力を様々な角度から見つめ、将来のまちづくりにつなげていく活動を進めています。

 今回のツバメ調査は亀岡というまちを、生きものの視点から考えてみるきっかけになりました。ツバメが暮らしていくには、ねぐらになるヨシ原、巣作りに使う土とわらが手に入る水田、エサとなる虫をたくさん捕ることができる草原や水辺が、巣からそう遠くない場所にある必要があります。そしてそれらの環境はツバメだけではなく、多くの生きものたちにすみ場所を提供し、また亀岡の景色を作る要素にもなっています。今年のツバメたちを支えた環境はまさに亀岡の地域資源であり、亀岡の魅力の一つなのではないでしょうか。何千キロも離れた南の国と亀岡を行き来するツバメたちにとって魅力的なまちの姿は、亀岡の未来図の一つになると思います。

亀岡ツバメ調査2015 結果報告

「亀岡ツバメ調査2015」結果報告プリント配布中です 

昨年、6月~8月に情報をお寄せいただきました「亀岡ツバメ調査2015」の結果報告プリントを配布しています。

【配布場所】市役所(1Fロビー、4F教育委員会)、図書館、文化資料館、地球環境子ども村、がれりあ、京都新聞丹波総局

多くの方のご協力により、616個の巣の情報が寄せられ、重複を除き、合計526個の巣と、ねぐら2箇所を確認することができました。どうもありがとうございました。

亀岡ツバメ調査2015結果(結果ページ)
亀岡ツバメ調査2015(表紙・裏表紙)


第14回 亀スゴっ!料理教室!

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第14回亀スゴっ!料理教室
日時   2016年6月1日(水) AM10時~PM1時
場所   ガレリアかめおか 料理実習室
定員   20名
参加費  3,000円   申し込み締め切り 5月25日
(開催一週間内のキャンセルは食材調達の都合上参加費を負担して頂きます)

内容   講師 西田浩二さん
     プロフィール
「京懐石 雅」店主。京料理「まる田」の丸田明彦氏に師事。京都御所での皇室方のお料理の担当もされる。京料理の名人。
     今回の料理教室のテーマを「初夏のおもてなし料理」とし、西田さんより、丹波・亀岡の地産の食材を生かした京料理の神髄を学びます。

主催 亀岡みらいパース
後援 亀岡市
   (予定)京都新聞  朝日新聞京都総局  毎日新聞京都支局

亀スゴっ!第13回 那須与一堂 報告

那須の与一堂

4月9日(土曜日)、亀岡市下矢田町にある那須与一堂で、第13回亀スゴっ!を開催致しました。

パネラー
奥田四市郎さん (那須与市堂奉賛会 会長)
黒川孝宏さん (亀岡市文化資料館 館長)

1000年以上の由緒をある那須与一堂は、無住のお堂です。
しかし、永きに渡り地元の人々の信心を集め、現在は地元の高齢者の方々が守り続けておられます。

今回の亀スゴっ!は那須与一堂の由緒、守り続けておられる方々を亀岡の魅力として発信するとともに、今後どのように保存、継承していくかについて関心を高め話し合う事をテーマとしました。


那須与一堂奉賛会 会長の奥田四市郎さん(91歳)に、長年の思い出話しや現状、今後の那須与一堂の存続についてお話し頂きました。
亀岡市文化資料館 黒川館長からは、那須与一堂の歴史、本尊である阿弥陀如来の文化的価値について。また今後も地域で守られるように「官民一体」の取り組み、または「まちづくり」の一環、地域活性化を含めた協働事業として、那須与一堂は大きな可能性を秘めているのではないかと提案頂きました。
会場参加者とのフリートークでは地域の持つ歴史の深さを守り誇りにしていく事、そして地域の財産として活用していくことなどが話し合われました。

第2部として那須与一ゆかりの芸術・芸能奉納がありました。

奉納講談
講談 「那須与一」 旭堂南舟(きょくどうなんしゅう)さん 岸和田市から駆けつけて下さいました。

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奉納画
画題 「扇の的 那須与一」
製作 2015(平成27年】年 8月吉日
製作者 香川県国分寺町 新居
(寄贈者)新居 修さん
      渡辺 憲一さん
この日の為に香川県よりご参加くださいました。

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奉納詩吟
静吟詩堂(本年2月に100周年) 斎藤静華さん 浅田静康さん
詩吟 「那須与一宗孝」 「青葉の舟」
地元亀岡よりご参加下さいました。

参加者は38名。
私たち主催者の予想を大きく超えた人数となりました。

阿弥陀様と那須与一のご威光、奥田さんをはじめとする奉賛会の方々のお人柄のお力などがあっての集いであったと感じるところです。

今回ご参加頂いた皆さま、本当にありがとうございました。

那須与一堂では、
毎月「8」がつく日、つまり8日・18日・28日の10時から奉賛会の方々によるおつとめがおこなわれています。
ぜひ、皆さんもご参詣されてみてはいかがでしょう…

亀岡市下矢田町東法楽寺 那須与一堂への目印となる石碑

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春は桜 秋は紅葉の美しい堂内

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堂内に安置されている阿弥陀如来像
江戸時代、享保年間に法楽寺は火災に見舞われお堂は全焼するものの、本尊の阿弥陀如来像は眩しく金色に光り輝いていたといわれています。
その後、この阿弥陀如来は地元の人々の手により現在の場所に安置され、那須与一が再興した所以からお堂を『那須与一堂』と名付けられました。


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